刑事ヴァランダー2#1「殺人者の顔」

2010/11/15(Mon) 08:59
WOWOW

郊外の農家で老夫婦が何者かに襲われる。ヴァランダーら警察がかけつけた時には、夫は惨殺死体、妻は重体だった。なんとか息をしている彼女にヴァランダーは「誰がやったんですか?」と尋ねるが、彼女は哀れな夫の姿を改めて目にしてしまったショックもあって「g、ガ…」と意味にならない言葉を残して死んだ。
署に戻ったヴァランダーは「外国人、と言ったかもしれない」とつい口にしてしまう。移民排斥運動がじわじわと広がりつつある今、『移民が犯人の可能性有り』と公表することは運動激化のきっかけとなるから絶対に口外してはならない。しかしマスコミに漏れてしまう。大々的にテレビで報道され、移民への-特にイスラム系移民への嫌がらせが激しくなる。放火、暴力、果ては殺人まで。極右団体が大喜びで暴れ回る。ヴァランダーは「かもしれない、って言っただけですよ。断定はしていない!もらしたのは誰だ?!」と激高するが、自分に責任の一端があることは嫌になるくらいわかっていたし、そう言ってしまった原因も自覚-したくなかったが-していた。
彼は現場に呼ばれる前、娘と娘の恋人とレストランで食事をしていた。利発だが時々沈みがちだった娘が恋人の隣で微笑み輝いている、本当なら喜ばしいことだが手放しでは喜べないヴァランダー。その理由は、恋人がシリア人だったから。娘が外国人-非ヨーロッパ人-と仲睦まじくしていることを快く受け入れられない自分が、たまらなくいやだった。まさか自分が、リベラルで理解のある人間(父親)のはずの自分が、実は差別主義者だったなんて。くそ、俺は偏見なんて持ってなかったはずなのに、喜べ!あいつはシリア人といってもスウェーデン国籍だしインテリの医者だ。いくら言い聞かせても、消えてくれないグレーな気持ち。
彼は、そんな混乱した気持ちのまま現場へ赴いたのだった。そして『外国人』と言ってしまう。

殺人者の顔 (創元推理文庫)
ヘニング マンケル Henning Mankel
4488209025

事件と同じ頃、父親の認知症が悪化する。彼の徘徊と暴力は、同居する妻の手に負える範囲を越えていたし、仕事で忙しく父と仲が良いとは言えないヴァランダーも世話できない。公私共に悩みが山積するヴァランダー、持病の糖尿病もよくはならない。常に疲れている。顔色は悪いし、服装はよれよれだ。ワインは飲んでいてもろくな食事はしていないだろう。
それでも捜査官の嗅覚は衰えていないから、老夫婦惨殺事件の捜査の糸口を見つけ、彼の外国人発言によって起こってしまったイラン人労働者殺人事件もヴァランダーの直感が当たる。

徘徊する父を見つけて保護してくれたのも、彼を病院で診察してくれたのも外国人。感謝はしているのだがわだかまりは消えず、感謝の言葉が通り一遍のものになる。そのたびに自分の狭量さを突きつけられるようで、更に自己嫌悪のループにはまってしまう。
同僚のニーベリはそんなヴァランダーの気持ちを理解し(通りでいちゃつくリンダと恋人、それを凝視するヴァランダーの眉間のシワを見たニーベリは瞬時に悟る)「誰だって感じることだ」と慰める。ニーベリに話せたことで、ヴァランダーはかなり救われる。自分だけで悶々と悩んでいてはダメだ。悩んでも消える問題ではないのだから、口に出して認めなくてはならない。大切なのは、感じた後どう行動するかである。
極右団体の輩は移民を虫けらのように扱い、殺すこともいとわない。マスコミに『外国人』と漏らした制服警官は「こんなことになるなんて思わなかった」と号泣し、うちひしがれる。ちょっと不満に思ったから、ちょっと言ってみただけなのに。しかし彼は自分のポジションと、マスコミの力をわかっていなかった。

移民殺人の捜査の途上で、現場から立ち去る車は旧型ベンツだった、と証言するテヘラン出身の彼。ヴァランダーは「エンジン音だけでわかるのか?」と半信半疑だが、少年時代音で車種を当てるゲームに夢中だったから、と微笑む彼。彼らにとって西洋の車は憧れの的だっただろう、あっちの国ではあの低い音をたてるぴかぴかの車がいっぱい走ってるんだ、行ってみたいよね、と彼の地を夢の国のように語り合っていただろう。そして出稼ぎにきた彼らは、今でも夢の国と思っているのか。

このドラマの面白いところは、早い段階で『かなり重要と思われる証拠』が複数登場してもいったんは沈んでしまうこと。殺人現場にあった独特の結び目、殺された老人の愛人と息子、など「これで解決に向かうのか?」と期待させるが、保留になったり壁につきあたってしゅうとしぼんでしまう。でも終盤でそれらが再度浮上してきて、やはり重要な鍵だったのだ、ということがわかる。また、証拠というものの扱いについて考えさせられもする。そのあたりがヴァランダーの心理ドラマだけでなく、やはり警察ドラマなのだという矜持ぽくて面白い。

殺人事件の犯人は、移動遊園地で働く『外国人』だった。その結末は厳しく痛々しい。
ヴァランダーの父は、自ら施設へ入った。自分の病が悪化しつつあることを自覚できるうちに、自分の意志で始末をつけたい。今は明晰な時もあるが、この先全くわからなくなるだろう。この時期が一番つらいと思う、近い将来-明日かもしれない-自分が自分でなくなることがわかっていて、しかしそれを止められない。リンダの恋人である医者も「一気に崩壊します」と言っていた。そう、まさにそういうことなのだろう。また、父の決断は息子への訣別というか、拒否というか、「お前の世話にはならない。お前は独りで生きていくのだ」という意思表明でもあったと思う。
ヴァランダーは、一応事件の解決はできた。しかしその途中で極右活動家を撃ち殺してしまった。たとえ犯人でも殺してはだめだ、法の場で裁かなくては。なのにその機会を自分で潰してしまった。外国人差別、ネオナチ差別、自分の中で治まりがつかない。
ヴァランダーが背負う荷物は、事件を解決するたびに増えていく。振り払いたくても下ろせない。死ぬまで背負っていくしかないのである。

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2010/11/15 10:46 [ 編集]
カクテキ MAILURL

小説の情けなさに惚れてしまった私としては、ケネス・ブラナーはかなりちゃんとしていて拍子抜けでした(笑)。
読んだものがかなり素っ頓狂な解決だったので、この話は心理ドラマとしても捜査ドラマとしても面白かったです。

2010/11/15 21:24 [ 編集]
atsumi MAILURL

ケネス・ブラナーだと『苦悩する男』ではあっても『情けない男』とーちゃんにはなりませんよね。いくら無精髭&頭ぼさぼさでも生来の品は隠せない(苦笑)。
『素っ頓狂な解決』とは?!これは興味津々ですよ。チェックせねば~(ラストだけ読もうとしてる私、邪道です。)
とにかくぐいぐい引っ張られます。音楽が最少なのがいいのだと思います。くるくる頭の若い部下、彼をもう少し信頼して鍛えてあげてほしいなあ~。

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