上を向いて歩こう。

2011/05/24(Tue) 23:52
Mad Men

Mad Men2#2
アメリカン航空が墜落。乗客の中にはピートの父が含まれていた。
悲劇の最中だからこそ人は敏く行動し、誰よりも先んじて利を得ねばならない。たとえハイエナと呼ばれようとも。
誠意、信頼、忠誠心、それらにこだわるのはもう古いのだろうか。ドンは自身の存在が虚構であるからこそ、せめて顧客に対しては嘘の無い誠実な人間でいたかった。しかしビジネスはそれを踏みにじり、どん欲であれ人間性など二の次だ、の時代へと移っていく。
才能の足りない者は、それを悟られないよう表面を繕うが、悲しいかな精度が足りず、ぎこちない織りにしかならない。光沢や滑らかさが無い、似非なんとかにしか見えない。
東洋風のバーに流れる坂本九のスキヤキ・ソング。数十年後彼は飛行機墜落事故の犠牲者となる。フィクション、ノンフィクションの垣根を越えて繋がるイメージが切ない。
ピートのオフィスの窓は暗く、ブラインドの作る縞模様が喪の徴となり、彼の混乱した心を映し出す。
なんと密度の濃い作りであることよ。各人の演技も素晴らしい。まさしくこれが一流のドラマである。

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なんだかな、黒鳥。

2011/05/17(Tue) 15:57
movies

ポートマンさんが主演女優賞を取り&ポートマンのバレエシーンの殆どは私が踊ったものなのにと代役のダンサーさんと製作サイドがもめていた例の黒鳥を見てきた。大不満だ。

シーズン開幕を飾る新演出の「白鳥の湖」。主役に抜擢されたニナは技量は頭抜けているがいまひとつ自己を解放できず、表現の巾が広がらないことが悩みの種。(それでなぜ主役なのかは不明。映画だから何でもデキるのだ!)レッスンは一進一退、ストレスがたまり、肌荒れ、爪荒れ、湿疹をかきむしり背中は血まみれ、狂う一歩手前まで追い込まれるニナ。更に、官能的な若手ダンサーに役を奪われると思い込んだ彼女は、ますます幻想を見るようになる。鏡の中の自分が勝手に動く、後輩の顔が自分の顔とだぶる。過保護気味の母親ともうまくいかなくなってくる。心はずたぼろ、満身創痍のニナは、果たして無事に白鳥を踊りきることができるのだろうか。

見終わって一言、随分チープな映画だなと。
私はカサベテスの「オープニングナイト」のような映画かと勝手に想像していたが、それはカサベテスに大変失礼だった。ポートマンはジーナ・ローランズの鬼気迫る演技には遠く及ばない。確かに壊れ具合はリアルだが、壊れ方がチープというか陳腐というか、今どきそれはないでしょうなエピソードの連続なのである。古典的っちゃあ古典的かもしれないが。あんないじいじした弱っちいプリマなんて要らない。
振付兼演出の彼がダンサーに手を出すというのも、古くさい。なんとかも芸のこやし、か?やめてくれー。
バレエ映画と思うからいけないのかもしれない。じゃあ、ホラーになってるのかというとなってない。若者が血のにじむ努力を積み、艱難辛苦の末に栄光を手にする成長譚かというと、そうでもない。非常に中途半端だと思う。

アルトマンの「バレエカンパニー」は勿論優れているし、100%少女漫画だった「センターステージ」が大変まともに思えてくる。(あれはイーサン・スティーフェルが良かったしな。)
バレエをドキュメンタリー以外で映画にするのは難しいのかも、とも思った。
ところで演出家役のヴァンサン・カッセルは悪くない。「バレエカンパニー」のマルコム・マクドゥエル、「センターステージ」のピーター・ギャラガーよりバレエ監督らしい感じがする。

とにかく皆さん、バレエは本物を見ましょう、なるべく。
バレエ映画はフレデリック・ワイズマンのABTおよびパリ・オペラ座のドキュメンタリーを見ましょう。

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メメント・モリ

2011/05/07(Sat) 23:07
日々のつれづれ

ベン・ウィショー君が好きだという、ミュリエル・スパークの「死を忘れるな」を読了。
最近再評価の機運が高まる女性作家チャーミアンとその夫ゴドフリー、彼らの友人知人、召使い、馴染みの退職刑事等出てくる人々はほぼ全員が老人。最近、彼らは皆不思議な電話を何度も受けていた。その電話とは、誰かは名乗らずただひとこと「死を忘れるな」と言って切る、というもの。相手の声は人によって違う、知的な話し方だったわ、いや下品な男だよ、老人だ、いやいや若い声だった等等。例えばチャーミアンは冷静に受け止めていたが、ゴドフリーや彼の妹は心底震え上がっておびえていた。いったい誰の仕業だろう?財産狙いの人間なのか、恨みを持つ者なのか、あるいは死神か。
「死を忘れるな」とは皮肉なものである。彼らは皆人生の最終コーナーを過ぎている。死について、嫌でも考えざるを得ない年齢・状況のはずだ。言われなくてもわかってるよ、と言い返したっていいはず。
しかし実際には逆で、チャーミアンやモーティマー元刑事は別として、大抵の人間が見ざる聞かざる言わざるの態度だ。だから気に障るのである。不安になるのだ。取り外したはずのベルを誰かが勝手に戻して、聞きたくないのに鳴らしている、かんべんしてちょうだい。
人生最後なのだから心穏やかに過ごしましょうとか、今までのあれこれは水に流して仲良くしましょうとかいうのとも無縁な人々。誰それの不実の過去を知って脅す人、雇い主の不貞をその夫に暴露する元家政婦、遺言状を書き換えて相続人から外すわよとちらつかす人、知人が怒るような内容を敢えて回想録に書いて雑誌に載せる人。『誰にも言わずに墓場まで持って行く』というフレーズは彼らの脳裏には存在しないらしい。
そういう彼らの描写が大変ヴィヴィッドでシニカルでコミカルなので、とても面白い。チャーミアンの元家政婦テイラーが入院する公立病院の老人病棟での日々の会話などは、日本のドラマにも出てきそうなくらい俗っぽくて、声を出して笑ってしまった。
電話の主は最後まで不明なままだ。そして忘れても覚えていても平等にそれぞれに死が訪れる。ひとり高みの見物を決め込んでいたアレック・ウォーナーにも運命の鉄槌が下され、友人たちの焦りや恐れをデザートのように楽しむことができなくなる。(彼らを詳細に観察して記録したノートが火事で焼けてしまうのだ。)このくだりを読んで、電話は死神からだったのかなあと思ったりもした。
大人の屈折した笑い満載のこの不思議な小説を、若いベン・ウィショー君はどう楽しんでいるのだろう。彼の感性のユニークさが伺えて実に興味深い。
それはともかく、大変面白い物語だった。大満足である。

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スカーフェイスmeetsゴッドファーザー

2011/05/03(Tue) 20:13
movies

と、パッケージにある「A Prophet」、傑作であった。監督はジャック・オーディアール、大好きな監督だ。
所内でのあらゆる描写がリアルで残酷でユーモアもある。全体のトーンは彼らしくシック。スリリングな展開は一秒たりとも見逃せない。この映画がフランス映画祭で上映されたきりなんて、全くもって理解不能。字幕も出来たのだから全国公開してほしい。

A Prophet
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作品以前の問題。

2011/05/02(Mon) 10:14
movies

基本的に映画は映画、私は私なのだけれど、それがうまくいかないことがたまにある。最近見た2本の映画「トスカーナの贋作」と「ブルー・バレンタイン」がそれだ。
前者は作家の男とギャラリー経営を生業とする女、後者はアーティスティックな才能(に似た輝き)のあるブルーカラーの男と不仲な両親のもと医者を目指す女を中心に据え、それぞれの結婚後のねじれて冷えきった関係がかなり厳しく描かれる。正直私はどちらの映画も持て余し気味、げんなりし、あーあなんだかな、な帰り道になってしまった。

トスカーナのげんなりの原因は女。彼女は夫をなじる。ほとんど家にいてくれない、面倒なことはみんな私、ちょっとはねぎらってくれてもいいじゃない、私の気持ちなんて全然わかってくれない、イヤリングを替えてルージュをひきなおしたこと気付いてくれた?、私はあなたの何なのよ、愛はもう無いの?エンドレスである。ジュリエット・ビノシュは透明な美と暖かみと媚態と天然ボケ等がいくつになっても変わらず同居していて、面白い女優ではある。(「レッドバルーン」や「隠された記憶」の彼女は見直した。)今回の役どころにはぴったりで、もうくどいくらいに活き活きと演じている。北を向いて話していたと思ったら突然南、論理のつながりが無く、次から次へと銃弾のように言葉が飛び出してくる。私の話を聞いてよと言われても、話題がこうもぽんぽん飛んでしまっては付いていきようがない。私は夫(イギリスのバリトン歌手ウィリアム・シメルが魅力的)に終始同情してしまった。
終着点が全くわからないジェットコースターのようなスリリングな展開、時間と空間の移動の妙、コミカルな味付け、何気なく出てくるジャン・クロード・カリエール、キアロスタミ監督の手腕はさすがだと思う。しかしそれ以前に私はあの女がダメだ、もうやめてくれ、黙ってくれと神に祈っていたのは夫だけではない。

「ブルー・バレンタイン」は男女双方というより、『恋は所詮ひとときの気の迷い』という私のスタンスの問題だと思う。
心の通わない両親(父親役がジョン・ドーマン、ぴったりだ)の不幸な関係を見て育った女(ミシェル・ウィリアムズ)は暖かい家庭に憧れ、引越業のロマンチックな男(ライアン・ゴズリング)と出会い、恋に落ちる。男も崩壊家庭に育ったから、同じ寂しさを女の中に見たのかもしれない。最初は幸せだった、娘フランキーは愛らしく素直に育っている。パパもママも大好きだ。しかし男は変わらない。音楽や美術のセンスはあるが、それを活かして何かを始めようとする気配は皆無。朝から酒を飲み、ペンキ塗り仕事を気ままに続けるだけだ。成績優秀だった女は妊娠と共に目標をダウングレードしたのだろう、今は看護師として家計を支える日々。勤務先には魅力的な医者(ベン・シェンクマン、変わらないなあ)がいて何かと目をかけてくれている、ありがたいがその分悲しくもなる。
飼い犬のメーガンが車にはねられて死んだ日、彼女の中の何かが切れた。もう耐えられない、こんな生活にもあんな夫にも。
夫はまだ妻を愛しているから彼女を励まそうとモーテルを予約、飲んで酔っぱらって愛し合おうと提案。そうすれば何かが変わると期待したかもしれないが、何も変わらない。彼女の絶望が深くなるだけだった。
夫は言う「君とフランキーを守るために闘ってきた」「君のために変わる、チャンスをくれ」変われないよ、と私は独り言。彼女の勤務先に押し掛け大暴れする彼、彼女の実家で君を愛してるんだと懇願する彼を見ていると、まるでDV夫だなとしか思えない。これはドメスティックバイオレンスの映画か?と途中から思ったくらい終盤の彼の姿にはうんざりした。
一目惚れはあるだろう、でもそれは続かない。長いあるいは短い夢から覚めた時に眼前に広がる世界、自分の選択した結果に後悔しないよう、人は覚悟すべきである。などと思っている私がこの映画を暖かく見られるはずが無い。(それなのになぜ見に行ったかというと、NPRの映画座談会みたいな番組で絶賛されていたからである。)
映画の撮り方や構成、キャスティングは意欲的だけれど、いかんせん恋はなあ恋は。
愛だの恋だのをうたった映画は慎重に選択すべきだと反省した次第である。


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