ミディアム S2#14 A Changed Man

2007/07/26(Thu) 22:28
FOX系

今日は夢を見なかったわ♪とうきうきの朝が突然奈落の底へ。ジョーも子供たちも顔が違う!みんな間延びした顔(特にジョー、すっごく気持ち悪い)になっちゃってる!やめてー夢なら覚めてー夢でした。アリソンは突然洗面所で意識を失い倒れていたのだった。大丈夫と言うアリソンを無理矢理MRI検査へ連れていくジョー。異常なしでほっとするが、一つだけ気になる点が。アリソンの脳の中にはピーナツ状の腫瘍があった。健康上問題はないが、発作や幻覚幻聴が起こることがある、と医師は言う。目がきらーりのジョー、もしかしてアリソンのビジョンの仕組みが解明できるかも?!そのピーナツが何らかの作用を施しているのでは?と盛り上がるジョーは、娘たちにもMRI検査を受けさせる。ブリジット、ピーナツ有り。アリエル、無し。がっくりするジョー(笑える)。大発見のはずだったのにー。
というわけで、デュボア家は今日も絶好調。一方そのMRIで会った男性デヴィッドについてのビジョンが問題だった。彼は娼婦を買っては殺し、砂漠に埋めている。しかし現実の彼は、優しい表情をを浮かべたいい人。そしてビジョンの中に出てきたジェイドという女性が、数年前から行方不明になっていることがわかり、とにかくデヴィッドを訪ねようと、彼が経営するコピーショップへ行くアリソン。彼女の目の前に現れたのはジェイド、彼の妻で、今はアンジェラと名乗っている。
アンジェラの告白によって事実がわかる。デヴィッドは確かに連続娼婦殺人犯だった、しかしジェイドのポン引きともめた時に銃で撃たれ、銃弾は脳を貫通。命は取り留めたものの過去の記憶はきれいさっぱり消滅。人が変わったデヴィッドはジェイドと結婚し、優しい夫善良な一市民として暮らしていたが、MRI撮影時に彼の無意識下に眠っている記憶がアリソンに流れ込んだのだった。
検事局に呼ばれるデヴィッドとアンジェラ、最初は全く訳分からずのデヴィッドだったが、過去の扉が開き始め、アンジェラに向かって「だまれジェイド!」と叫んでしまう。激情にかられはしたが、彼は過去のデヴィッドではない。過去の自分の過ちに正面から向き合い、清算するのが自分の責務だと覚悟を決めた。

冒頭の似非ジョー似非三姉妹がオモシロイ。微妙に似てはいるんだけど、失敗したモーフィング画像みたい。あれは怖いでしょう、ホラームーヴィー以上。
今回の事件の結末、悟りの笑みを浮かべるデヴィッドが面白いと思った。一般的に人間は変わらないが、今回のデヴィッドは確かに変わったようだ。もしアリソンと出会わなかったら、彼はあのままよき夫としてアンジェラと幸せに暮らしていたはず。どちらがよかったのかはわからないが、砂漠に埋められていた女性たちの存在を考えると、やっぱりこれでよかったのだろう。あ、そうか、無念の女性たちが一致団結してアリソンを転倒させて、MRI検査に行くよう仕向けたのか。なるほどなるほど、納得しました。
銃で撃たれたことによって脳から取り去られた部分が、物理的にも精神的にも悪人デヴィッドの根源であった、ということと(それが科学的にどうなのかは別として)、アリソンのピーナツーそれがヴィジョンに影響しているかどうかはやっぱりわからないと思うーの存在が、なんとなーく繋がっててそこも面白いなと思いました。
余談ですが、MRIって疲れます。動いちゃって画像がぶれたから撮り直し、と言ってたように、確かに「動くな」と言われるんだよね。言われると余計緊張するのが世の常。痛くも痒くもない検査だけど、筋肉疲労状態。私は自費で受けたので結構高額でした。シーズンパスはお得だと思うけど、そんなに何回もやりたくない、当たり前か。

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「アンダーグラウンド・オーケストラ」

2007/07/24(Tue) 08:26
movies

寒い映画館でもう1本見ました。1997年製作のドキュメンタリーです。パリのメトロや街中で演奏している音楽家さんたちを描いた優れものでした。ベネズエラ出身のハープのおじさん、ルーマニアから来たバイオリンのお兄さん、同じくルーマニアから来たチェリスト、アルジェリア系の歌手、アルゼンチンから亡命してきたピアニスト等、皆それぞれの背景を抱えてパリにやってきた。音楽で生きていることの喜びの笑顔の裏に、見え隠れする苦悩。
どの演奏も味わい深くて良かったのですが、圧巻は冒頭近くの「Try a little tenderness」。もう圧巻としか言いようが無い、凄いっっ!ここで音を付けられないのが哀しい。もしその場にいて生で聞けたら、最低でも2000円は出すぞ。
父チェロ息子バイオリンのデュエットも良かった。ついテンポを上げ気味の息子を父がいさめる。父はもっと息子とデュエット演奏したいけど、息子はあまり付き合ってくれない。息子のコメントが面白かったです、「ベートーベンはロックでいうならジミ・ヘンだ。シューベルトはジム・モリスン。バッハ?究極だね、AC/DCみたいな」バッハが究極の音楽というのは全く同感しますが、AC/DCってのはなぁ…インタビュアーも父もAC/DCを知らないから、「何それ?薬みたいな名前だな」。父はルーマニア革命で失望し、子供たちのためにパリへ亡命したのですが、未だにここが自分の場所だという実感が持てない。もし可能ならルーマニアに帰りたい、と思っている。でも息子たちにとっては、パリが自分の家。屈託なく笑う息子の笑顔と、遠慮がちな父の笑顔が対照的です。ここで手に入ったのは『ある種の自由』であって『自由』ではない。
日中上映していた「ルート181」というパレスチナ問題のドキュメンタリーも見たかったのですが、270分という長さにひるんで断念。
それにしても映画館、寒過ぎる。ハラが冷えます(>_<)

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「フリーダム・ライターズ」

2007/07/23(Mon) 08:26
movies

エリン・グルーウェル(ヒラリー・スワンク)は新任国語教師。赴任先はLA郊外の底辺校ウィルソン公立高校。受け持つ203教室の1年生たちは、人種ごとにグループを作り日々敵対している。学ぶことは二の次、とにかく今日を生き延びることが最低限の目標で、『戦争』が終わるまで生きていられれば恩の字のような子供たちだった。
誰だって学びたいと思っているはずだ、銃よりも知ることが彼等の力になると信じてやまないエリンは、なんとかして彼等を授業に引き込もうと悪戦苦闘。国語科長のキャンベル(イメルダ・スタウントン)は「あの子たちに本を読ませるなんて予算の無駄」と取り合ってくれず、エリンはアルバイトで教材代を稼がなくてはならない。学校とアルバイトで忙しく、頭の中は生徒のことでいっぱいの妻を、夫スコット(パトリック・デンプシー)は不満に思いながらも支える。
エリンの信じた、生徒たちの中にある輝きが、表に現れ始める。最初はエリンを疎ましく思って無視していた皆だが、彼女は肌の色で区別をしない。敬意を持って接してくれる。知らないことをバカにせず、いっしょに学んでいこうと教壇から降りてきてくれる。読むことによって広がる世界、書くことによって深まる理解を教えてくれるエリンは、『ミスG』と呼ばれ、203教室は家族同然になる。 ホロコースト博物館の見学、高級レストランでのホロコースト生存者との会食、生徒たちはいのちの大切さを学び、もっと知りたいと強く思うようになるのだった。

素直にいい映画、いい話。
ヒラリー・スワンクは適役。「ブラックダリア」の『謎の美女』みたいなのは向きません、やっぱり体育会系が1番。持てるだけの情熱と愛情を全て生徒に注ぎ、共に笑い泣く姿はとても魅力的でした。敬意をもって接してほしければ、自分も相手に敬意を示さなければならない。生徒たちはミスGから、そのことを学んでいきます。
エリンの父スコット・グレン、私もあんな父親が欲しいよー(>_<)弁護士になれたのに安月給の教師を選んだ娘に最初は不満をもらすが、彼女の努力と生徒の可能性をすぐ理解し、エリンの強い味方になってくれる。
パトリック・デンプシーは~見た瞬間、「ああいずれ別れるな」と。デレク@グレイだからじゃなくて、そういう役どころが似合うのです(?)、ははは。
国語科長のキャンベルは、エリンのせいで面目まるつぶれ。長い経験を活かした万人向けの教授法よりも、エリンの型破りな方法が時として効果を発揮するということを認められない。教育委員会の席で自分たちベテラン教師が間違っていないと必死に主張する長台詞が、めちゃ上手い。やや狂信的だけど、聞かせる。彼女は彼女なりに一生懸命やってきたわけで、ベテラン先生の長所もあるはず。現実のエリンは多分バランスを取ってやってたと思う、映画は誇張してしまうからキャンベルや同僚教師ブライアン(SVUにも時々出てますジョン・ベンジャミン・ヒッキー)が敵っぽくなってしまってますが。
監督のRichard Lagraveneseは「フィッシャー・キング」の脚本家だったそうで!それだけで評価が上がってしまう。
冷房で寒い中、楽しく見ることのできた123分でした。

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「アララトの聖母」

2007/07/19(Thu) 08:28
movies

「アララトの聖母」Ararat アトム・エゴヤン監督
大変感動しました。が、うまくまとめることが出来ないのでとりあえず(っていつまでだ(^^;))覚え書きとして適当up。支離滅裂。
画家アーシル・ゴーキーと母
アルメニア人のゴーキーはトルコ軍による虐殺で母を亡くした。自分と母親を描いた『芸術家と母親』を前に逡巡している。絵の前に立つたびに、心を揺さぶられている。完成しない絵。
ラフィと母アニ
ラフィは自分のルーツがアルメニアにあると知っているが実感はない。彼が幼い頃、アルメニア独立運動家だった父はトルコ大使を暗殺しようとして殺された。ラフィには父の行動の意義がわからない。母アニは美術史家で、ゴーキーを研究している。息子のラフィとの間には埋められない溝がある。2番目の夫の死が原因で仲違いが続いている義理の娘の気持ちも、わかっていない。
フィリップと父デヴィッド
ゲイであるフィリップはパートナーのアリ(Elias Koteas)と暮らしている。父デヴィッド(クリストファー・プラマー)は努力はしているが、現実をなかなか受け入れられない。空港の税関捜査官のデヴィッドは、アルメニアから帰国したラフィの捜査を担当する。

映画監督エドワード・サロヤン(シャルル・アズナブール)がアルメニア人の虐殺を主題にした映画を撮ろうと計画。アニのゴーキーについての講演を偶然聞き、ゴーキーのことも映画に是非取り入れたいと、アニに監修の仕事を依頼する。ラフィも現場助手として参加し、撮影を通じて自分の中の『アルメニア』を見つめていくことになる。
映画は、アルメニア側で働いていたアメリカ人医師クラレンス・フィッシャーを主人公にした内容で、フィッシャー役は人気俳優のマーティン(ブルース・グリーンウッド)。フィリップのパートナー、アリは、重要なしかし残酷な役であるトルコ人総督に抜擢され大喜び。彼は、見る者が強い憎悪を覚えるくらい総督を熱演する。
アニはゴーキーについては目を開いているのに、ラフィや義理の娘シリアのことが見えていない。
何も言わなくても、息子はアルメニアを受け継ぎ理解してくれると思っている、自分の仕事を見てもらえばわかってくれると信じ切っている。ラフィには実感が無い。父は偉大な人だと言われても、現実には要人の暗殺を企てたテロリストだと言われているし、なぜそこまでアルメニアに人生の全てを注いだのかが理解出来ない。父が死んで、ぽっかり空いた心の穴をどうやって埋めたらいいのかわからない、なぜ父は僕らを置いていってしまったのか。
ラフィは映画製作の場に加わり、初めてアルメニアの歴史を直視し、アリ演じるトルコ人総督を殺したくなるくらいの強い感情を持つ。そしてアルメニアに旅立つ。
シリアは父がアニのせいで死んだと思っている。シリアの父は、妻子を捨ててアニといっしょになったが、その後アニに恋人ができ、その告白を聞いた直後転落事故死した、ということになっている。アニは、自分に正直に告白しただけ、それをどう受け止めるかは相手の問題と片付けている。私は転落の瞬間を見ていないし、記憶を自分に都合の良いように変えてなどいない、とシリアに強調するけれど、本当にそうなのだろうか?シリアが何度も話を聞きたい、説明が欲しい、と言っても、言っても仕方がないこと、あなたには理解できない、と決めつけている。ゴーキーの哀しみやゴーキー母子については言葉を尽くして語るくせに、自分の周囲の人々には責任を果たしていないように見える。
シリアは何度もアニの講演の邪魔をするが、ゴーキーの作品『芸術家と母親』の未完の問題について指摘する内容は的を得ている。シリアは素人だが、アニに見えていないことが見えている。
『芸術家と母親』。少年ゴーキーと母親が並んで描かれている。座った母親のひざには軽く握ったこぶしが二つ並んでいるが、ゴーキーは何度も悩んだ末にその手を塗りつぶしてしまう。キャンバスの手をみるたびに、母の手のぬくもりや、ゴーキーのコートのボタンを付けてくれた働き者の手を思い出してしまうからか。彼が絵筆ではなく素手に絵の具を付けて塗りつぶしていく様は、まるで母の手を探しているかのようだった。もう一度手をつなぎたい、絵の中の手でいいから。
サロヤン監督の台詞"It's not the people we lost or the land. It's to know that we could be so hated."土地を追われたことではなく、こんなにも嫌悪されていることを知るのがつらい。この台詞はアルメニア人についてだけではなく、迫害されてきた全ての民族についてあてはまるもの。そして、嫌悪された側が他を嫌悪して排除する側に回ることも、繰り返されてきた。トルコ人総督を熱演したアリを監督はいたわる。「彼はトルコ人から反発をくらうだろう」トルコではアルメニア人の虐殺はなかったことになっているから。トルコ人の血をひいてはいるがカナダ育ちのアリには、そこまでの想像力は多分無い。
ラフィは撮影が終わった後アルメニアへ行き、自分の源である土地に立ち、風景をカメラに収めた。そうしてやっと、自分は誰なのか、自分へ続く道、更に先へと続く道を確かめることができた。だが、その旅の途中で預かったフィルム缶が元で税関で取り調べを受け、デヴィッド捜査官に物語を話していく。それは取り調べであると同時にラフィにとっての確認作業であり、デヴィッドにとっても、自分の来し方を振り返る作業になった。フィルム缶の中身はにらんだ通りの白い粉だったが、デヴィッドは捜査官としてではなく『父』として見逃す。そしてフィリップの生を丸ごと受け入れて、親子関係を一から築いていく。
アニはその頃映画の完成披露試写会へ向かう途中だった。車の中でラフィから電話をもらった時は試写会の後で空港へ向かうつもりだったが、彼女もやっと自分は『母』であり、子を守る時は今このとき、ということを悟る。ラフィを抱きしめ、溝は埋まった。シリアとの溝もいつか埋まるだろう。
劇場公開時には、「ラフィやフィリップの『今』と、サロヤンの映画の撮影シーン、アトリエのゴーキー、故郷アルメニアでのゴーキー、いくつもの要素が見事に織り上げられていく」様が非常に巧みだという印象が強かった。再度見ても、もちろんそう思うが、形式以上のものが強く迫ってくる。素晴らしい映画だった。

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V for Vendetta

2007/07/12(Thu) 08:28
movies

近未来のロンドン。ヒトラーばりのサトラーという首相のもと、国民は管理され、移民や同性愛者等主流から外れるものは徹底的に排除される。密告が奨励され、毎日が戒厳令下のよう。それでもイギリスの国力は世界最強だから、表立って文句を言うものはいない。
Evey(ナタリー・ポートマン)は運動家の両親を体制に殺され、弟をバイオテロで失っている。今はテレビ局の雑用係で、局おかかえの人気者ゴードン(スティーブン・フライ)と付き合っている。
始まりは偶然の出来事から。ゴードンとのデートに出掛けようと、外出禁止時間に外に出たEveyは秘密警察に捕まる。絶体絶命の瞬間、覆面の男V(ヒューゴ・ウィービング)が現れ、彼女を窮地から救う。Eveyはその境遇と職場のため、Vの物語に巻き込まれていく。
Vはサトラーの秘密収容所で行われていた人体実験の生き残り。そこで作られた殺人ウィルスを使ってサトラーはバイオテロを起こし、反体制派の仕業として彼等を抹殺し、自分は救世主として君臨するようになっていた。Vは収容所で大勢の人間を死に追いやった所長や研究者らを殺していく。最終的な目的はもちろんサトラーへの復讐。

話が類型的であることは否めないが(原作がアメコミだし)、何かしら惹かれるものがある。まずヒューゴ・ウィーヴィングの語りが良い、声の響きが魅力的。仮面を脱ぐことは最後まで無いが、Eveyに出会って、とうの昔に捨てたはずの『普通の人間の心』を取り戻し、だから余計苦しむという姿が仮面を通して見える。ナタリー・ポートマンは坊主頭が似合う!似合い過ぎるほど。大人の表情と子供っぽい表情が入れ替わり立ち替わりするのが、とても面白い。スティーブン・レイ&ルパート・グレイブスの刑事コンビも味がある。
テレビの力は偉大で、日々見ているうちにサトラー万歳にもなるし、これってやっぱりおかしいのでは?と人々に気付かせるためにVが利用したのもテレビ。ゴードンはサトラーを茶化すショーを作って視聴者には大ウケだったけど、サトラーには自分のパロディを楽しむ余裕など無く、ゴードンは殺されてしまう(このショーの部分、スティーブン・フライぽくて面白かった。好きにやらせてもらったのだろうか)。
居心地の良さを優先し、目隠しされることを自ら望んでいた国民が目覚め始め、Vの配った仮面を付け、街の中心部へ集結していく。その頃既にサトラーは殺害されていて、トップのいなくなった軍隊は動く事が出来ない、解放の道は完成した。Vは死んでも、Vの存在は消えない。Vは私の父であり母であり、私であり、あなたである、とEveyは語る。両親に学ぶことができなかった分ー死を恐れず、真実を生きることーをVは教えてくれた、またVの哀しみを間近で感じ、Vの人生を完結させる勇気を持つことができた。VとEveyはコインの裏表だったのだ。

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ふと、思い出した、ジェイソン・アイザック。

2007/07/07(Sat) 18:22
movies

「ブラザーフッド」事態は静かに深く進行中、という感じで毎週楽しんでいますが、兄マイケル役のJason Isaacs、私の大好きな映画「Nine Lives」で前に見てたじゃん!と、突然思い出した。邦題は「美しい人」、ロドリゴ・ガルシア監督のオムニバス映画で、9人の女性それぞれの『人生の大切な時』が淡々と語られるもの。この中のロビン・ライト・ペンの『Diana』の章にジェイソン出てたのでした。1番好きな章なのに、思いつかなかったんだな。
夜のスーパーで買い物中のダイアナ、お腹が大きい。普段通りのただの買い物のはずだったのに、ふと目のはしをある男性の姿がよぎる。昔付き合っていたダミアン(Jason Isaacs)だった。声を掛け、近況報告をし合う二人、ぎこちない。深く愛し合っていたけれど、その分激しくぶつかり傷つけ合い、別れてしまったことが見て取れる。そして今でも愛している。ダイアナは必死で我慢しているのにダミアンは言ってしまう「君のことをずっと考えていた」、言ってどうなるというのか。カートを押す二人の間の距離はほとんど無い。でも触れてはいけない、一度触れたらどうなるかわかっているから。
それぞれ自分を納得させて次のステップへ進んだはずなのに、でも自分の気持ちは変えられないという現実。もしスーパーで会わなかったら、知らないで済んだ筈の本当の気持ちに大揺れに揺れるロビン・ライト・ペンがせつなくてせつなくて、この章だけ何回も繰り返し見た。ということは、ジェイソンも何回も見てるわけで。ちょっと疲れ気味で、渋くて、いい男だやっぱり。それを言っちゃあおしめぇよ、の男なんだけど、言っちゃうんだよなー。
他にもリサ・ガイ・ハミルトン(「プラクティス」)とミゲル・サンドバル(「ミディアム」)の章や、エイミー・ブレナマンとWilliam Fichtner(「インヴェイジョン」)、ホリー・ハンターとスティーブン・ディレーン(この人大好きなんですわ)等魅力的なエピソード多数。映画全体のまとまり具合は同じガルシア監督の「彼女を見ればわかること」の方が上だと思うけど、Nine Livesは一つ一つの短編を楽しむ映画なんだと思う。繰り返し見たくなります。

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