演説台の上で酔っぱらいが叫んでいる。「私は皆さんが考えているような善い人間ではありません。」故郷へ帰れるかどうかもわかりません、私は靴まで売ってしまいました、娼婦に9ドル借りてます。情けない話なのだが、妙に詩的な響きがあり哀れで聞き入ってしまう。彼は演台から転落し、首の骨を折って死んだ。
面白過ぎる。
近所の映画小屋でフレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーが特集上映されている。偉い評論家や大学の先生が色々と分析・解説しているがそういうのは抜きにして、どれもこれもとにかく面白い。やはりワイズマンにハズレ無し(多分)。
「病院」1970(撮影1969)
ハーレム地区のメトロポリタン病院の活動の記録。緊急外来に運び込まれてくるのは、アル中、ヤク中、ホームレス、メスカリン中毒の学生、ほとんどが底辺に近い人々。医者たちはざっくばらんで、時としてやや乱暴な物の云いもあるが、患者を治すこと、彼等を救うことを第一に考えていることがよくわかる。家を追い出されたバイセクシャルの若者に生活保護を与えるために、福祉事務所と電話で格闘する精神科医。他の病院からカルテ無しで送りつけられた患者について、無駄とは知りつつも抗議する外科医。あちこち脱線しがちな患者の話を辛抱強く聞き続けるスタッフ。
erは40年前も今も変わらないのだ。
「法と秩序」1969(1968)
ミズーリ州カンザスシティ警察の活動の記録。
一日中無線に呼ばれるがままに現場へ急行する制服警官たち。夫婦の痴話げんか、倒れたまま起きないヤク中ホームレスの世話、迷子の親探し、これらは命を落とす危険は無いにしてもひたすら疲れる。車泥棒を追いかけ捕まえたら、10代の少年。いくら常習犯でも未成年だからすぐ釈放されてしまう。しかし彼は少年とはいえども人を殺すことをへとも思わない。復讐に来るかも、と本気で不安に思う警官。
売春宿摘発のシーンでは、今なら違法すれすれのやり方で娼婦を締め上げる。それが逆に今のドラマみたいで面白い。(見方間違ってます。)
ならず者に狙われていると通報を受けて、洋品店へ一人乗り込む警官。カービン銃は持っているがバックアップ無し。驚いたことにワイズマンらクルーたちもそれについていくのである。通報通り、本格的な銃を持った若者2名が居て、警官は冷静に対応し逮捕に成功する。一歩間違えば銃撃戦だったかもしれない。(と思うのはドラマの見過ぎです。)
聞き込み時の言葉遣いに気をつけるように、のシーンも面白かった。上司の言葉尻をとらえて「それは私のことですか?私は田舎警官ですからね」とつっかかる頑固者風の警官。
ワイズマンを見るならまずこれ、と言っていいくらい緩急に富んだ展開が面白い。
「州議会」2006
アイダホ州、州議会の日常を217分に渡って活写。壮麗な州議会の建物の中では、狂牛病、受動喫煙の規制、電話料金の上限撤廃、モニュメント建設の是非、私立学校への援助、同性婚の是非を問う動議の採択の可否、多様な問題が委員会、議会で討議される。
強烈に伝わってくるのが、彼等の『アメリカという国に対するゆるぎない信頼、自由を冒されることへの反抗・恐怖』だ。民の権利と生活に国・州政府が介入してくることをなるべく抑えたい。
更に強烈なのは、アメリカというのは人種が様々なだけではなくて、各人の時間軸が様々なのだということ。建国時と地続きでそのまま生きている人々と(彼等の時計は止まっているのかと頭がクラクラする思いがした)、21世紀の人間が同じ土俵で意見を戦わせる。勿論全く噛み合ない。良い悪いではなくて、その背景の違い、依って立つ根拠の違いが、ぞっとするほど大きい。これを一つにまとめていくのは超超至難の業だ。
様々な法案が提出されるが非常に馬鹿げたものも多く-提案者にとっては無惨だが-ばっさりと却下される。しかし、明らかに公共の利となり今だけでなく将来の州のためにも必ず役に立つものに対しては、見ていてぞくぞくするくらい集中して効果的に動く。TWWを見ているようで本当に面白い。というか、ドラマが現実をリアルに描いているのだな。
217分もあると退屈しそうなものだが、一瞬たりとも退屈しない。馴染みのない事象はもちろんあるが、議員やロビイストの戦術・論法を楽しめる。ああ満腹、おいしかったごちそうさま!の気分。
「高校」1968
フィラデルフィアのノースイースト高校の日々。中流以上の家庭の子弟が通う、レベルの高い公立校であることはすぐ見てとれる。
今と違って-例えば最近のドキュメンタリー「アメリカン・ティーン」と比べるとまるで別世界だ-親が教師を敬っているし、生徒たちも口答え(自己主張)は必ずするが、一応は教師の言うことを聞く。教師は威圧的な態度をとることがあっても、生徒をより良い道へ進ませようと熱心だ。
サイモン&ガーファンクルの「夢の中の世界」を題材にした国語の授業風景、男子生徒も熱心に粉を振るう調理実習、ちょっと恥ずかしいファッションショーのリハーサル、角刈りの生活指導教諭の「停学だ!」、私にとっては結構懐かしく感じるあれこれだったりする。
予定ではあと3本見ることにしているが、今日はさすがに目が疲れた。でも、スクリーンにかかることが滅多に無いからがんばろうと思う。
「病院」1970(撮影1969)
ハーレム地区のメトロポリタン病院の活動の記録。緊急外来に運び込まれてくるのは、アル中、ヤク中、ホームレス、メスカリン中毒の学生、ほとんどが底辺に近い人々。医者たちはざっくばらんで、時としてやや乱暴な物の云いもあるが、患者を治すこと、彼等を救うことを第一に考えていることがよくわかる。家を追い出されたバイセクシャルの若者に生活保護を与えるために、福祉事務所と電話で格闘する精神科医。他の病院からカルテ無しで送りつけられた患者について、無駄とは知りつつも抗議する外科医。あちこち脱線しがちな患者の話を辛抱強く聞き続けるスタッフ。
erは40年前も今も変わらないのだ。
「法と秩序」1969(1968)
ミズーリ州カンザスシティ警察の活動の記録。
一日中無線に呼ばれるがままに現場へ急行する制服警官たち。夫婦の痴話げんか、倒れたまま起きないヤク中ホームレスの世話、迷子の親探し、これらは命を落とす危険は無いにしてもひたすら疲れる。車泥棒を追いかけ捕まえたら、10代の少年。いくら常習犯でも未成年だからすぐ釈放されてしまう。しかし彼は少年とはいえども人を殺すことをへとも思わない。復讐に来るかも、と本気で不安に思う警官。
売春宿摘発のシーンでは、今なら違法すれすれのやり方で娼婦を締め上げる。それが逆に今のドラマみたいで面白い。(見方間違ってます。)
ならず者に狙われていると通報を受けて、洋品店へ一人乗り込む警官。カービン銃は持っているがバックアップ無し。驚いたことにワイズマンらクルーたちもそれについていくのである。通報通り、本格的な銃を持った若者2名が居て、警官は冷静に対応し逮捕に成功する。一歩間違えば銃撃戦だったかもしれない。(と思うのはドラマの見過ぎです。)
聞き込み時の言葉遣いに気をつけるように、のシーンも面白かった。上司の言葉尻をとらえて「それは私のことですか?私は田舎警官ですからね」とつっかかる頑固者風の警官。
ワイズマンを見るならまずこれ、と言っていいくらい緩急に富んだ展開が面白い。
「州議会」2006
アイダホ州、州議会の日常を217分に渡って活写。壮麗な州議会の建物の中では、狂牛病、受動喫煙の規制、電話料金の上限撤廃、モニュメント建設の是非、私立学校への援助、同性婚の是非を問う動議の採択の可否、多様な問題が委員会、議会で討議される。
強烈に伝わってくるのが、彼等の『アメリカという国に対するゆるぎない信頼、自由を冒されることへの反抗・恐怖』だ。民の権利と生活に国・州政府が介入してくることをなるべく抑えたい。
更に強烈なのは、アメリカというのは人種が様々なだけではなくて、各人の時間軸が様々なのだということ。建国時と地続きでそのまま生きている人々と(彼等の時計は止まっているのかと頭がクラクラする思いがした)、21世紀の人間が同じ土俵で意見を戦わせる。勿論全く噛み合ない。良い悪いではなくて、その背景の違い、依って立つ根拠の違いが、ぞっとするほど大きい。これを一つにまとめていくのは超超至難の業だ。
様々な法案が提出されるが非常に馬鹿げたものも多く-提案者にとっては無惨だが-ばっさりと却下される。しかし、明らかに公共の利となり今だけでなく将来の州のためにも必ず役に立つものに対しては、見ていてぞくぞくするくらい集中して効果的に動く。TWWを見ているようで本当に面白い。というか、ドラマが現実をリアルに描いているのだな。
217分もあると退屈しそうなものだが、一瞬たりとも退屈しない。馴染みのない事象はもちろんあるが、議員やロビイストの戦術・論法を楽しめる。ああ満腹、おいしかったごちそうさま!の気分。
「高校」1968
フィラデルフィアのノースイースト高校の日々。中流以上の家庭の子弟が通う、レベルの高い公立校であることはすぐ見てとれる。
今と違って-例えば最近のドキュメンタリー「アメリカン・ティーン」と比べるとまるで別世界だ-親が教師を敬っているし、生徒たちも口答え(自己主張)は必ずするが、一応は教師の言うことを聞く。教師は威圧的な態度をとることがあっても、生徒をより良い道へ進ませようと熱心だ。
サイモン&ガーファンクルの「夢の中の世界」を題材にした国語の授業風景、男子生徒も熱心に粉を振るう調理実習、ちょっと恥ずかしいファッションショーのリハーサル、角刈りの生活指導教諭の「停学だ!」、私にとっては結構懐かしく感じるあれこれだったりする。
予定ではあと3本見ることにしているが、今日はさすがに目が疲れた。でも、スクリーンにかかることが滅多に無いからがんばろうと思う。
TheWire/ザ・ワイヤー S4#38 Boy of Summer
マイケル、ネイモンド、ランディ、デューキィ、少年たちの夏はストリートと共に過ぎていく。
マーロにそむく者は、警察の与り知らぬ場所でひっそりと消されていく。そして規律は守られる。
特捜班は一応健在だが、往事の熱気は無い。
ロイス、トニー、カルケティ、各市長候補は精力的に動くが、市民たちは冷めている。
マーロにそむく者は、警察の与り知らぬ場所でひっそりと消されていく。そして規律は守られる。
特捜班は一応健在だが、往事の熱気は無い。
ロイス、トニー、カルケティ、各市長候補は精力的に動くが、市民たちは冷めている。
さよならキャボット。
SVUのキャボットはコロンビアの麻薬マフィアのために身を隠さざるを得なくなる。彼女は今まで『法と秩序』を信じて、正義のために体を張ってきた。どんなに侮辱されても何度脅されても、相手を真っ直ぐ見返すそのひるまない視線が印象的だった。青臭さが鼻についたり、弱気になる自分を必死で抑え込む姿が痛々しいこともあった。でもそういうところも彼女の魅力だった。しなやかな鋼のような女性。
ドラマ、映画、現実を問わず、人々はドラッグに踊らされ、自他の命を危険にさらす。ドラッグという存在はかくも魅力・魔力に満ちたものなのか。(処方薬しか知らない私は、タミフルの即効性に驚愕するのがせいぜいである。)
オリビアは、聡明で有能なキャボットが存在を消さなくてはならないこの荒れた社会にいっとき絶望しただろう。しかし進むしかないのだ。必死に闘っても残るのは虚しさだけかもしれない、でも救われる人はきっといる。その人々の笑顔や安堵の表情を見て、オリビア自身も少しだけではあるが、救われる・報われるのだと思う。
ドラマ、映画、現実を問わず、人々はドラッグに踊らされ、自他の命を危険にさらす。ドラッグという存在はかくも魅力・魔力に満ちたものなのか。(処方薬しか知らない私は、タミフルの即効性に驚愕するのがせいぜいである。)
オリビアは、聡明で有能なキャボットが存在を消さなくてはならないこの荒れた社会にいっとき絶望しただろう。しかし進むしかないのだ。必死に闘っても残るのは虚しさだけかもしれない、でも救われる人はきっといる。その人々の笑顔や安堵の表情を見て、オリビア自身も少しだけではあるが、救われる・報われるのだと思う。
フィギュアの時間です。
グランプリ・シリーズのアイスダンスの放送予定を忘れないためにメモ。
11月3日(火)朝5時 フランス大会OD
11月4日(水)朝5時 同FD
11月10日(火)朝5時 ロシア大会OD
11月11日(水)朝5時 同FD
今季のテッサちゃんずのFDはマーラーのアダージェット。若いのにオイオイと正直思ったけど、五輪本番までに深めてくれることを期待・確信。
男子シングルにやっぱり彼が復帰してきた。プル様。そしてロシア大会あっさり優勝。小塚君「同じリンクに立てるだけで幸せです」と優等生発言、つーかそう言うしかないよな。プル様の前では本音も建前もありましぇん。
10月27日(火)深夜0時 ロシア大会男子シングル
中国大会は11月3日(火)深夜0時。誰が出るのか未確認だけどメモメモ。
テレ朝チャンネルとシアターテレビジョンを交換済み。後者は時々バレエを放送するので一応パックに入れていたけど、一日の半分が訳分からん教養?講演?番組なのでやめ。あのチャンネルのバックに何が付いているのだ?
追記。
小塚君のSPに感動。そりゃプルと比べたら細かいところの詰めが甘いけど(もちょっとつま先までぴしっと決めてほしー)良いプログラムだと思ふ。のびのびと舞っている姿にオバサンは感涙。がんばれー!男子は織田君といい小塚君といい先が楽しみですな。
11月3日(火)朝5時 フランス大会OD
11月4日(水)朝5時 同FD
11月10日(火)朝5時 ロシア大会OD
11月11日(水)朝5時 同FD
今季のテッサちゃんずのFDはマーラーのアダージェット。若いのにオイオイと正直思ったけど、五輪本番までに深めてくれることを期待・確信。
男子シングルにやっぱり彼が復帰してきた。プル様。そしてロシア大会あっさり優勝。小塚君「同じリンクに立てるだけで幸せです」と優等生発言、つーかそう言うしかないよな。プル様の前では本音も建前もありましぇん。
10月27日(火)深夜0時 ロシア大会男子シングル
中国大会は11月3日(火)深夜0時。誰が出るのか未確認だけどメモメモ。
テレ朝チャンネルとシアターテレビジョンを交換済み。後者は時々バレエを放送するので一応パックに入れていたけど、一日の半分が訳分からん教養?講演?番組なのでやめ。あのチャンネルのバックに何が付いているのだ?
追記。
小塚君のSPに感動。そりゃプルと比べたら細かいところの詰めが甘いけど(もちょっとつま先までぴしっと決めてほしー)良いプログラムだと思ふ。のびのびと舞っている姿にオバサンは感涙。がんばれー!男子は織田君といい小塚君といい先が楽しみですな。
腰治りました&各種計画。
瞬間ではないにしても割合早く症状緩和。でも油断は禁物、気をつけよう。
新ドラマ情報が次から次へと入ってくるので、何が何月なのかわからなくなってきた。試すもの、見たいものをざっとまとめておく。
11月
「しあわせの処方箋」11/1(日)午後9時AXN
「ビッグ・バン・セオリー」11/7(土)午後8時30分スパドラ
以上はお試し。ヴォーン@エイリアスが医者姿で登場の前者はお試しで終わる予感。後者は体質に合えば継続。
「デッドウッド3」11/8(日)午後7時FOXムービー
「TheWire4」11/9(月)午後11時55分スパドラ
待ってましたの2本。
ダンスアイドル4(FOX)がチョト見たいかも。
「グレイ・ガーデンズ」11/3(火)午後3時wowow
「ホワイトチャペル」11/14(土)午後11時wowow 全3話。WOWOWを忘れないように。
12月
Chuck(スパドラ)
How I Met Your Mother(FOXlife)
Saving Grace2(CRIME)
あまり本数が増えると困るのだが。Life2も継続して放映らしい。
11月のwowow映画は。
「寒い国から帰ったスパイ」8日(日)午前8時15分
「レクイエム・フォー・ドリーム」13日(金)深夜2時10分
「トワイライト」14日(土)19時50分
「エグザイル/絆」16日(月)午後9時wowow2
「あの頃の、ヴァン・ダム」28日(土)午後0時
今週末のwowowの必見はもちろん、
ワラビーズ対ABs 10月31日(土)午後5時10分
ワラビーズがんばれ!
追記。
楕円球テストマッチの内容は期待はずれ。タイミング的に仕方ないとは思う。昔のテストマッチはもっと面白かったなあ。近年試合数多過ぎなんだよね。
お試しの2本、共にお試しで終了。特に後者はあまりの寒さに凍りついてしまった。体質改善しても合わないと思う。この先ゲストとしてケイティ・サッコフが出たりするらしいけど、見続ける根気は無し。
前者はヒューマン医療系といえばいいのか、まあ可もなく不可もなく。
新ドラマ情報が次から次へと入ってくるので、何が何月なのかわからなくなってきた。試すもの、見たいものをざっとまとめておく。
11月
「しあわせの処方箋」11/1(日)午後9時AXN
「ビッグ・バン・セオリー」11/7(土)午後8時30分スパドラ
以上はお試し。ヴォーン@エイリアスが医者姿で登場の前者はお試しで終わる予感。後者は体質に合えば継続。
「デッドウッド3」11/8(日)午後7時FOXムービー
「TheWire4」11/9(月)午後11時55分スパドラ
待ってましたの2本。
ダンスアイドル4(FOX)がチョト見たいかも。
「グレイ・ガーデンズ」11/3(火)午後3時wowow
「ホワイトチャペル」11/14(土)午後11時wowow 全3話。WOWOWを忘れないように。
12月
Chuck(スパドラ)
How I Met Your Mother(FOXlife)
Saving Grace2(CRIME)
あまり本数が増えると困るのだが。Life2も継続して放映らしい。
11月のwowow映画は。
「寒い国から帰ったスパイ」8日(日)午前8時15分
「レクイエム・フォー・ドリーム」13日(金)深夜2時10分
「トワイライト」14日(土)19時50分
「エグザイル/絆」16日(月)午後9時wowow2
「あの頃の、ヴァン・ダム」28日(土)午後0時
今週末のwowowの必見はもちろん、
ワラビーズ対ABs 10月31日(土)午後5時10分
ワラビーズがんばれ!
追記。
楕円球テストマッチの内容は期待はずれ。タイミング的に仕方ないとは思う。昔のテストマッチはもっと面白かったなあ。近年試合数多過ぎなんだよね。
お試しの2本、共にお試しで終了。特に後者はあまりの寒さに凍りついてしまった。体質改善しても合わないと思う。この先ゲストとしてケイティ・サッコフが出たりするらしいけど、見続ける根気は無し。
前者はヒューマン医療系といえばいいのか、まあ可もなく不可もなく。
腰が痛いです。
でも映画を見てる分には全然平気〜要は働くなってことか?
「Rails&ties」
トム(ケヴィン・ベーコン)は列車の運転士。寡黙で仕事一筋。看護士として働いてきた妻のメーガン(マーシャ・ゲイ・ハーデン)は末期ガンで、余命わずかと宣告される。それなのにトムは休暇を取ろうともせず今日も特急の運転席へ。
とある踏切にさしかかった時、踏切内に車があるのにトムは気付くが、カーブで急ブレーキを引くと列車が脱線する可能性がある。彼は減速のみでブレーキを引かない選択をする。そして車は大破、運転手の女性は死亡。その車には彼女の息子デイビーが同乗していたが衝突直前に車を離れたため助かった。「あんたがママを殺したんだ、ブレーキを引かなかったじゃないか!」当然彼はトムを責める。母親は息子を道連れに無理心中を図ったのだったが。
トムは停職。メーガンは彼を置いてサンフランシスコへ旅に出ようとするが、彼等の元へデイビーがやってくる。里親と折り合いがつかず逃げ出した彼を息子のようにメーガンは可愛がる。遺族を無断で引き取るのは違法行為だが、死を前にした彼女にはそんなことどうでもよかった。最初は渋っていたトムも、素直でひたむきなデイビーを追い出す気になれない。何よりも妻がこんなにも幸せそうなのだ、彼女の幸せを奪うことは、彼にはできない。
束の間の疑似家族だが、本当の家族以上に幸せに満ちあふれていた。デイビーはトムと同様に電車が大好きで、彼の鉄道模型作りを手伝う。メーガンはピアノを買って「乙女の祈り」の練習。
しかし彼女のガンは着実に進行していった…。
トム夫妻は行き先の無いデイビーに居場所と愛を与えたが、実母の死だけでもいっぱいいっぱいの彼に更にメーガンの死という試練をも与えてしまうことになると最初からわかっていたはずだ。ある意味大人のエゴイズムである。トムは冷静な人間だから、子供を利用してはいけないと頭のどこかではわかっていたと思う。でも妻のわがままを止めることができない。あるいは、トムはデイビーの強さを信頼・期待していたのかもしれない。
メーガンは力を振り絞ってデイビーを愛した、もし彼がいなかったらメーガンはもっと早く死んでいたかもしれない。
デイビーは慟哭する。ママが死んだのは僕のせいだ、メーガンも僕のせいで死ぬんだ、と。親の自死は子供を心底傷付ける、子供は自分のせいで親が自殺したと自分を責めるのだ。その直後に、2番目の母のようなメーガンも逝こうとしている。僕が悪い子だから神様は罰っしようとしてるんだ、デイビーは信心深いから、やはり自分を責める。トムは必死でそれを否定する、ママが死んだのはお前のせいじゃない、メーガンが死ぬのは病気のせいだ。力をこめてデイビーを抱きしめる、お前は絶対に悪くない。このシーンはとても感動的であった。
若干凡庸な設定ではあるし、展開も読めるし、甘いし、でも役者陣が最後までひっぱってくれる。クリント・イーストウッドの娘アリソンの監督作品。ぷりぷりさん教えてくれてありがとう!
「映画のようには愛せない」
『実力俳優ステファノ(ルイジ・ロ・カーショ)は、彼の主演作品の相手役が無名の新人女優ラウラだと知り戸惑うが、次第に彼女にひかれていく。映画の中の恋が進むにつれて、二人の実人生の恋も進行する。そこには、恋だけでなく仕事に対する嫉妬、苛立ち、ねたみが交錯して‥』(チラシより)
ルイジ・ロ・カーショはいつも爽やかで若々しい。でも軽々しくは無い。瞳の奥底が深くて、その向こうに広大な世界が存在しているような感じがする。植物的でニュートラルな顔と、情熱的でセクシーな顔がうまく同居していて、いい役者だなあといつも思う。
ステファノは傲岸で貪欲だ。自分が一番大事で、自分が他人をぞんざいに扱っていることに無自覚。でも寂しがりやで、人恋しい。ラウラに一目惚れし、彼女のことを深く愛するようになる。しかし彼女が才能を伸ばし、映画監督やプロデューサーらの注目を引き始めると、途端に面白くなくなる。自分の恋人が才能のある同業者であることは構わない、でも自分のキャリアを超えてもらっては困る。そんな身勝手な男だ。(ロ・カーショが演じているおかげでイヤな奴度が低くなっているが。)
ラウラは彼に強く惹かれるが当然何度も傷付けられ、彼の元を去る。そしてそのまま終わるのかと思ったら二人は再会し、再スタートを切る予感を持たせて映画が終わる。ラウラはステファノの子供を生み、彼は自分に足りなかったものを少し理解した。前途多難は予想されるが、彼等は似た者同士であることにお互い気付いていると思う。二人共誇り高く、寂しがりやで、役者馬鹿だ。
彼等が共演する映画の撮影パートと実人生のパートの交錯具合が面白い。どちらも美しく、少し感傷的で、ちょっと滑稽で。
こういう普通のイタリア映画をもっと見たいのに。
「Rails&ties」
トム(ケヴィン・ベーコン)は列車の運転士。寡黙で仕事一筋。看護士として働いてきた妻のメーガン(マーシャ・ゲイ・ハーデン)は末期ガンで、余命わずかと宣告される。それなのにトムは休暇を取ろうともせず今日も特急の運転席へ。
とある踏切にさしかかった時、踏切内に車があるのにトムは気付くが、カーブで急ブレーキを引くと列車が脱線する可能性がある。彼は減速のみでブレーキを引かない選択をする。そして車は大破、運転手の女性は死亡。その車には彼女の息子デイビーが同乗していたが衝突直前に車を離れたため助かった。「あんたがママを殺したんだ、ブレーキを引かなかったじゃないか!」当然彼はトムを責める。母親は息子を道連れに無理心中を図ったのだったが。
トムは停職。メーガンは彼を置いてサンフランシスコへ旅に出ようとするが、彼等の元へデイビーがやってくる。里親と折り合いがつかず逃げ出した彼を息子のようにメーガンは可愛がる。遺族を無断で引き取るのは違法行為だが、死を前にした彼女にはそんなことどうでもよかった。最初は渋っていたトムも、素直でひたむきなデイビーを追い出す気になれない。何よりも妻がこんなにも幸せそうなのだ、彼女の幸せを奪うことは、彼にはできない。
束の間の疑似家族だが、本当の家族以上に幸せに満ちあふれていた。デイビーはトムと同様に電車が大好きで、彼の鉄道模型作りを手伝う。メーガンはピアノを買って「乙女の祈り」の練習。
しかし彼女のガンは着実に進行していった…。
トム夫妻は行き先の無いデイビーに居場所と愛を与えたが、実母の死だけでもいっぱいいっぱいの彼に更にメーガンの死という試練をも与えてしまうことになると最初からわかっていたはずだ。ある意味大人のエゴイズムである。トムは冷静な人間だから、子供を利用してはいけないと頭のどこかではわかっていたと思う。でも妻のわがままを止めることができない。あるいは、トムはデイビーの強さを信頼・期待していたのかもしれない。
メーガンは力を振り絞ってデイビーを愛した、もし彼がいなかったらメーガンはもっと早く死んでいたかもしれない。
デイビーは慟哭する。ママが死んだのは僕のせいだ、メーガンも僕のせいで死ぬんだ、と。親の自死は子供を心底傷付ける、子供は自分のせいで親が自殺したと自分を責めるのだ。その直後に、2番目の母のようなメーガンも逝こうとしている。僕が悪い子だから神様は罰っしようとしてるんだ、デイビーは信心深いから、やはり自分を責める。トムは必死でそれを否定する、ママが死んだのはお前のせいじゃない、メーガンが死ぬのは病気のせいだ。力をこめてデイビーを抱きしめる、お前は絶対に悪くない。このシーンはとても感動的であった。
若干凡庸な設定ではあるし、展開も読めるし、甘いし、でも役者陣が最後までひっぱってくれる。クリント・イーストウッドの娘アリソンの監督作品。ぷりぷりさん教えてくれてありがとう!
「映画のようには愛せない」
『実力俳優ステファノ(ルイジ・ロ・カーショ)は、彼の主演作品の相手役が無名の新人女優ラウラだと知り戸惑うが、次第に彼女にひかれていく。映画の中の恋が進むにつれて、二人の実人生の恋も進行する。そこには、恋だけでなく仕事に対する嫉妬、苛立ち、ねたみが交錯して‥』(チラシより)
ルイジ・ロ・カーショはいつも爽やかで若々しい。でも軽々しくは無い。瞳の奥底が深くて、その向こうに広大な世界が存在しているような感じがする。植物的でニュートラルな顔と、情熱的でセクシーな顔がうまく同居していて、いい役者だなあといつも思う。
ステファノは傲岸で貪欲だ。自分が一番大事で、自分が他人をぞんざいに扱っていることに無自覚。でも寂しがりやで、人恋しい。ラウラに一目惚れし、彼女のことを深く愛するようになる。しかし彼女が才能を伸ばし、映画監督やプロデューサーらの注目を引き始めると、途端に面白くなくなる。自分の恋人が才能のある同業者であることは構わない、でも自分のキャリアを超えてもらっては困る。そんな身勝手な男だ。(ロ・カーショが演じているおかげでイヤな奴度が低くなっているが。)
ラウラは彼に強く惹かれるが当然何度も傷付けられ、彼の元を去る。そしてそのまま終わるのかと思ったら二人は再会し、再スタートを切る予感を持たせて映画が終わる。ラウラはステファノの子供を生み、彼は自分に足りなかったものを少し理解した。前途多難は予想されるが、彼等は似た者同士であることにお互い気付いていると思う。二人共誇り高く、寂しがりやで、役者馬鹿だ。
彼等が共演する映画の撮影パートと実人生のパートの交錯具合が面白い。どちらも美しく、少し感傷的で、ちょっと滑稽で。
こういう普通のイタリア映画をもっと見たいのに。
パリ・オペラ座のすべて
私にとってこのドキュメンタリーは「パリ・オペラ座バレエ団のドキュメンタリーが見られる!」ではなくて、「ワイズマンの新作が見られる!」だ。勿論前者の喜びもあるから、ひと粒で二度美味しい作品である。
いつもと同じように、『La Danse』と素っ気なくタイトルの浮かぶ黒い画面が唐突に現れ、物語が始まる。練習風景、舞台稽古、本番、裏方たちの日々、幹部会議、ガルニエ宮、オペラ・バスティーユ、「ジェニュス」、「くるみ割り人形ヌレエフ版」、「メディアの夢」、「パキータ」、「ロミオとジュリエット」、「ベルナルダの家」、全てが興味深く、刺激的で、言葉があってもなくても雄弁だ。
アメリカン・バレエ・シアターを撮った「バレエ」でもそうだが、事務方の描写がとても面白い。オペラ座バレエ団総裁ルフェーブル女史は強烈な個性の持ち主で、彼女の言うことが面白い。新しい振付師との打ち合わせで、彼女はコールド・バレエのダンサーから踊り手を選んでほしいと主張。振付師はやや不満げ。彼は自分の使いたいダンサーを選ばせてもらえる、エトワールを使いたいと思っていたのだろう。ところが、コールドから選べ、個人的に指名はするな等条件が付けられるのだから面白くない。しかしルフェーブル女史ははっきりと言うー平たく言ってしまうとこうだ、『エトワールたちの才能は尋常のレベルではない。彼・彼女らの実力を十二分に発揮させるだけの力があなたにあって?』おっしゃることごもっともで。
若手ダンサーのコンテンポラリー回避傾向についての会議の場面も面白かった。私は若い人々こそコンテンポラリーを好むのだろうと思っていたので意外だった。
公演衣装ではないふだんの稽古着だと、ダンサーたちの体つきがよりよくわかる。マリ=アニェス・ジロは男性顔負けの逞しさだ。そしてその体が見事になめらかに動き、一つ一つの動作が途切れることなく紡がれていく。
複雑なコンテンポラリーダンスの動きが、振付師のちょっとした指導や言葉で、どんどん発展していく。一言与えられるだけで彼等は即理解し、再現できるのだ。実に見事である。
160分飽きることなく楽しめる作品。バレエに興味が少しでもあれば、是非お薦めしたい。
Zipporah FIlmsでDVDが発売されたら買って繰り返し見たい。でもこれに限っては日本版も出るかな?
いつもと同じように、『La Danse』と素っ気なくタイトルの浮かぶ黒い画面が唐突に現れ、物語が始まる。練習風景、舞台稽古、本番、裏方たちの日々、幹部会議、ガルニエ宮、オペラ・バスティーユ、「ジェニュス」、「くるみ割り人形ヌレエフ版」、「メディアの夢」、「パキータ」、「ロミオとジュリエット」、「ベルナルダの家」、全てが興味深く、刺激的で、言葉があってもなくても雄弁だ。
アメリカン・バレエ・シアターを撮った「バレエ」でもそうだが、事務方の描写がとても面白い。オペラ座バレエ団総裁ルフェーブル女史は強烈な個性の持ち主で、彼女の言うことが面白い。新しい振付師との打ち合わせで、彼女はコールド・バレエのダンサーから踊り手を選んでほしいと主張。振付師はやや不満げ。彼は自分の使いたいダンサーを選ばせてもらえる、エトワールを使いたいと思っていたのだろう。ところが、コールドから選べ、個人的に指名はするな等条件が付けられるのだから面白くない。しかしルフェーブル女史ははっきりと言うー平たく言ってしまうとこうだ、『エトワールたちの才能は尋常のレベルではない。彼・彼女らの実力を十二分に発揮させるだけの力があなたにあって?』おっしゃることごもっともで。
若手ダンサーのコンテンポラリー回避傾向についての会議の場面も面白かった。私は若い人々こそコンテンポラリーを好むのだろうと思っていたので意外だった。
公演衣装ではないふだんの稽古着だと、ダンサーたちの体つきがよりよくわかる。マリ=アニェス・ジロは男性顔負けの逞しさだ。そしてその体が見事になめらかに動き、一つ一つの動作が途切れることなく紡がれていく。
複雑なコンテンポラリーダンスの動きが、振付師のちょっとした指導や言葉で、どんどん発展していく。一言与えられるだけで彼等は即理解し、再現できるのだ。実に見事である。
160分飽きることなく楽しめる作品。バレエに興味が少しでもあれば、是非お薦めしたい。
Zipporah FIlmsでDVDが発売されたら買って繰り返し見たい。でもこれに限っては日本版も出るかな?
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